つゆくさ日記 

あちこちの花や催しものを訪ねます。

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Neque porro quisquam est qui dolorem ipsum quia dolor sit amet, consectetur, adipisci velit 同様に、悲しみそのものを、それが悲しみであるという理由で愛する者や、それゆえ得ようとする者は、どこにもいない。

町中にも濃い霧が‥‥あるいは霞か?

Posted by つゆくさ0071 on   0 comments   0 trackback

今朝目覚めてみると、向こう側の山に、たなびくが帯の様に架かっていました。なかなか良い景色です。

身支度をしてカメラを出すともう情景は一変!山一面の


諦めて朝食の準備を始めました。
ところが、東側の窓から見える街並みがどんどん霞んできます。
こんなことは、初めてです。


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翌朝の高知新聞によると、「春がすみ県都すっぽり」と写真入りで報じていました。
”最低気温5月中旬並み”春は霞、秋なら霧。と出ていました。

私は漠然と表現していましたので、知恵袋で調べてみました。

   霧は視程が1㎞以下のもの
   靄は   〃   以上のもの


山や川・海・市街地関係なく、視程の距離でどちらかになる。
これとは別に、が地上に接していなければ、とよばれる。山頂付近にいる人からみると・地上にいる人から見ればと見受けられる。

そして、霞は霧と靄とは別もの。
は大気中のホコリやチリなど、あらゆる細かい粒子が散乱し景色がぼやけて遠くがはっきり見えないことをいう現象。又霧や煙が薄い帯のようにみえる現象。
気象観測において、定義がされていない。「ガスにまかれた」「少しガスってる」などというけれど基本的には海霧のことである。とのこと。

靄も霧もガスも気象用語ですが、文学的な表現では靄を霞ともいう。と出ている。

霧と霞は、同じ春秋に発生し、古くは(万葉集)春、秋とも霧・霞と言った。
後世(古今集)以後、春のをかすみ・秋のを霧というようになった。と出ている。


文学と関係があることに、驚きましたし、何か優しい気持ちになりました。


霞は情緒的な美しい言葉で、人の名前にも使われる。
靄も霞も、共に夜には”おぼろ”と呼ばれる。とのこと。


春はやはり、心を癒してくれる季節ですね。






 さて、3月に入り、テレビでは毎日東北大震災の特集が放送されています。
3月11日は日本人には忘れられない日となりました。
南国に住む私たちにも、いつ見舞われるかもしれない災害!!


備えは、大丈夫でしょうか?
日々の忙しさにかまけて、なかなか準備が整いません。
先日、LEDで有名な阿南市に住む姉から、荷物が届きました。

「LEDネックライト」です。

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首にかけて、両手が使えるので、荷物を持っての作業などができます。登山やペットの散歩、釣りや暗がりでの作業にも‥‥。
これは便利!
Panasonic の商品です。
色は3色。
首にかけて寝ている方もいるそうです。

お値段も手ごろです。
家族分揃えてみては如何でしょうか?
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